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●ボンバードラミの馬的着付け的音人生 (^-^)/
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適正サイズまで縮小出来たぜ!
やれば出来るもんだなぁ。
最近PCいじりまくってたから耐性が出来て来たのかもしれない。
あまりお見苦しくないようにしないとさ。
夏も間近だし。


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プロフィールの写真を更新したら。超デカく表示されてしまう。
自動的に縮小されますと書いてあるのに。
自動さ加減に問題が有るとしか思えない。
元の写真を縮小すれば良いんじゃん?
と思ったので試してみるもなぜか失敗。
はて。
ま。
天才写真家ボンバーを炸裂させて撮ったので
バッチリですけども。
バイト再会に向け職歴を思い出してます。
テニスインストラクター、デパート衣料品販売、
保険セールス、テ
レマーケティングOA機器操作業務、
英会話講師、音楽インストラ
クター、
ラウンジ弾き語り、クラブシンガー、
ゲーム音楽英詞制作
、CMsong、
映画音楽、劇中音楽、ラジオジングル。

ごちゃごちゃした職歴だ。
タイムラインを全く思い出せない。
本業は家で「音楽的おこもりさん」になる事。
これだけで生きて行けたら良いのに。
おこもり活動は一円も生み出さない。
ゲームの英詞は保険販売の合間をぬって
30分でやっつけて12万円もらった記憶がある。詐欺行為。
おこもりでやってる事はそれに比して
何百倍も何千倍も価値のある事なのに一円にもならない。
資本主義の矛盾ですねこれは。うん。
主婦業もそう。あれは国が換算して給料制にするべき。絶対。
晩婚化も少子化も待機児童問題も一気に片付くね。
キューバは偉い。
共産圏ではミュージシャンはタイムカードを押して練習してお金もらえるんだから。
どれだけでも練習しますよね、しただけもらえるんだし。
いくら練習したって飯も買えやしない。
仕方なしにどうでも良いガラクタ職歴が増える。
せめて音楽にとってプラスになるような面白いガラクタを集めたいものです。
カラスみたいに庭に埋めておくんだ。

結局カラスみたいに埋めた事を忘れるだけだけどもさ。
介護とはいっても、
それはオムツを変えたり
ご飯を食べさせたり、
風呂にいれたり、
ということではない。
オムツは替えたり捨てたり洗ったりいろいろ有るが、ご飯は自力で食べられる。
前後の作る、提供する、洗う、しまう、などは全てこちらだが、
今までもそうだったからこれは変化ではない。
風呂、歯磨き、ひげ剃り、散歩などは全て超面倒くさいからやりたくないらしい。
これを嫌々でもやらせるのが大変。
だから一階の洗面所には座って歯磨きひげ剃りが出来るように椅子を設けたし。
玄関にも靴を履くための椅子を設けた。
一階の来客用シャワーで物置化していた部分
本来の機能を復活して
うんこ漏らしからシャワーまでの直行ルートを造った。

うちがディスファンクションする一番の問題はテレビだ。
父の部屋にもテレビが有るが、起きてからつけっぱなし。
腹が減ったら一階に下りて来てそのままダイニングのテレビをつける。
二階に上がって寝るまでほぼ付いたまま。
実家のリビングダイニングキッチンは南北に縦長の一つの空間である。
その空間全体のど真ん中にテレビがあり、
ダイニングに座った父が大音量でテレビをかけると
キッチンで家事をする母に向かってテレビの音量が直撃する。
テレビの向こう側のリビングはデッドスペース(一番広くで南向きの良い場所)となり
誰も立ち入らないモデルルームみたいになっている。
そこで今日はカウチの位置を反転させ、リビングの壁を空け
そこにテレビがすっぽり治まり、カウチに座ってテレビを見られる
夢の空間作りにいそしんでみた。
ちゃんとそうなるようにテレビの配線がこちら側にも有るんだよね。
左側の観葉植物の向こう側は南向きの窓で
その向こうは小さな庭だ。
今ハナミズキに鳩が巣作りを試みている。
そういうのを眺めつつ、南から入る太陽の日を浴びて
更に音も画像もキッチンに対して垂直になったので
これで水仕事中の母のストレスが一つ減るし
テレビを見る方も水の音がうるさくてどんどんボリュームを上げる必要がなくなるし
カウチの方がダイニングの椅子より数倍楽チンだし。
こうしてリビングのテーブルに足を放り出せばくつろぎ大空間。
さらにこのカウチ慎重190センチの人でも寝られるくらいの長さなので
疲れたら寝ながら見る事だって出来る。
それにしても異常だ。
たまに実家に帰っても会話はゼロ。
テレビのボリューム35!(私が実家で見る時は9くらい。)
35は外からでも聞こえる音量です。
そんなうるさい音製造機が家のど真ん中にあって
大音量でなり続ければ家族がディスファンクションにならない方がおかしい。
床を数メートル転がせば元のダイニングでもテレビは見られるので
これでとにかくストレスが一個減ったであろうと期待。
うるさいテレビをつけっぱなしにされて無意識にストレスを溜めていると
母の言動が凄くなる。
「なんでそんなつまらない番組、見てて楽しいんですか」
「そんな大きな音量でCMを聴く必要がありますか」
「音消してくださいよCMのときは」
「ヘッドフォンつけてくださいよ」
「どうせ見てたってなにもわかてないんだから」
こういう順番で父は母から遮断されて行く。
母は父が二階に居続けてくれた方がありがたいのだ。
だってめっちゃくちゃうるさい訳だから。(テレビが)
傍で聴いていると、確かに母の良い分は分かるが
人としてどうなんだろうこういう言い方は?
と思ってしまう。
父の無配慮。母のストレス。母の暴言。
何を言われても響かないほとんど聴いていない。
テレビを集中して見ているのかというとそういう訳でもない。
話の内容も分かってないし誰が出てても名前も分からない。
判断力も奪われて、集中力も損ない、家族からも見放されて
酒を飲むしか無い
だから止まらない。
今日は母と父が一緒に遠回りをしつつ酒を買いに行った。
そういう事も少しは進歩と言えよう。
足腰を鍛え肛門のゆるみをとり
神戸の祖父の法事に行くのが当面の目標だ。
私がいる時だけは4合で止まっている酒量も
夫婦だけでいるとすぐ8合になってしまう。
母がどうでも良いと思っているからだ。
「雨だから買ってきましょうか」
「酒を買うためのお金を銀行で下ろしておきましたから」
「また飲むんですか料理酒はここですよ」
おいっ!いちいち発言にケチを付けたくなる。
そういう夫婦のやり方をして来たのは彼らであり
私の出る幕ではないが
私にはこう見えるのだ
「自分で投げたブーメランが返って来て刺さって血を流しているのは結果母。」
「与え過ぎ、奉仕し過ぎ、やり過ぎ、考えなさ過ぎで結果人殺しをしている母。」
「過剰な奉仕を受けすぎて自分で息をする事さえ忘れてしまいそうな父。」
「何もやらなくてよいから何も出来なくなった。
全てが面倒くさくなった。後は死ぬだけだからどうでも良いと思い込んでいる父。」
母は酒を与えなかった事で死なれたときに後悔したくないのだという。
「もう後は死ぬだけだから好きなだけ飲めれば幸せよね。」
こういう考えを持った夫婦の間にアル中は生まれてくるのだ。
共依存型悪性循環性夫婦。
今はこのままで良くても(何も良くはないと思うけど。毎日8合も飲んでいる状態。)
死ぬまでの間これから何年も糞尿をたらし続け、肝臓の重篤な病にかかり、痛くて死にそう状態が
続いたときに、後悔は無いのだろうか。


はてコメント欄は一体何処へ。

よし。多分これでオッケイ。

36)裏切りのサーカス

37)ヒミズ

38)ポテチ

39)ももへの手紙

40)black swan

41)booke back mountain 

42)クヒオ大佐



36)レトロなイギリスをスタイリッシュに切り出しつつ話は良い感じに汚い。

全員汚過ぎて誰が誰にどういう出し抜きをしたのか?裏切りをしたのか?ややこしい。

名前とコードネームと一体いくつ覚えなくては行けないのか!

頭悪過ぎて付いて行けない!!!

原作を知らないのと、その時代背景をよくわかってないからしょうがない。

それでもドラマのCIAthe companyやMI5 spookesを見ていたから何となく分かる事もある。

ようはソ連に情報を送ると見せかけて、アメリカに情報を送る、と、見せかけて、

実は重要な事をソ連に漏らしていた犯人が

仲間を全員二重三重にだましていたというのを

隠遁したもと先輩同僚が暴いて最後には返り咲くと。

ん?これはこの人の復讐劇ってこと?

何度も見ないと話すら理解出来そうも無い。

それでも個別のシーンはど迫力。

役者さん達の抑制が効きまくった演技にうなりまくってしまう。

まずは役名とコードネーム、極秘潜入ネームなどを理解しないと一瞬で

置いて行かれるこの状況をなんとかしたいのでした。

37)ヒミズ。日を見ず=モグラなるぅ。
まるで日の目を見る事が出来ない少年と少女。
親に否定されている。彼の映画はそういう事が主題のようだ。
実際そういう目に遭っているのだろうか。
抑えがたい衝動の根源には家族からの非承認
あるいは過剰承認という状況がある
まず親が狂っている。
人生を完全にあきらめている。
人生に支配されいている。
ストレスを小さい者(子)に吐き出す。
子供には行き場が無い
マグマのようにたまった衝動は
はけ口を求めさまよう
3/11が重なったため全体がレクイエムのよう
ものすごい最下層の泥沼のような糞人生の中で
もがきながらも両親のようにはなるまいと。
人生に負けて、成り行き任せで
徳を完全に失ったくそ大人にはならない
最下層の家無しプータロー達には優しさが有り
思いやりが有り支え合いが有り助け合いが有る
極悪人のやくざには悪なりの筋が有る。
親には何も無い。何もかもが中途半端。
たまりたまったマグマはついに爆発する。
誰でも大なり小なり経験はある。
彼の映画はいつも大なりの方を提示する。
親に対する完全報復。
超エンターテイメント的に
だからものすごく溜飲が下がるというか
見応えが有るというか
アドレナが出まくるというか。
正しいヅラをした糞を踏みつぶす快楽。
正しいと思い込んでいるやつに
実は全く間違っているというのを気付かせ絶望させる快感
監督は親を恨んでいるんだろうか。
それともこの社会に転がる常識という
正しい面した全ての建前に親を代表させているだけなのか?
学校の先生。
最後に彼が地面から顔を出すことになる
原因が彼の安っぽい言葉になるというのは皮肉的展開。
マイナスのマイナスはプラスなのか。

38)短めのドラマ。泥棒さんが世直しをする。
泥棒は悪いに決まっている。
ところがそうならないから
お話は面白い。
こちらの思い込みを度頭から完全転回してくれる。

39)ももへの手紙
父の死に際にひどいことを言ってしまって後悔する少女。
親戚を頼って引っ越した先の小さな瀬戸内海の島で
母と娘の新生活。
それを見守る上からの使いのお化けさんたち。
話は荒唐無稽だけど細部の絵が素晴らしく美しくて
絵を見ているだけでも気持ちがよい。
お化けの3人組の声もそれぞれ特徴的でナイスコラボレーション。
お母さんが優香だって最後まで気付かなかったなぁ。
ももへ と宛てた父の手紙。
文章は無い。なんて書きたかったのか知りたいもも。
父にちゃんと謝りたいもも。
それをお化けさんが取り持っていく。
お化けさんを通して島に慣れ親しむようになるもも。
いろいろな題材が有ってもそれがぶつかって何が言いたいのか分からない
と感じさせる 武士の家計簿 の場合も有れば
こちらのようにすとんと腑に落ちる場合もある。
この違いはなんなんだろう。
うーん。
課題課題・

40)blackswan
アカデミー作品だしバレー好きだし。と思ってみてみた。
世代交代期のバレリーナ。
白鳥黒鳥に選ばれたナタリーポートマン
世代交代でおろされた元カリスマダンサーにウィノナライダー
いやいやそれはやり過ぎだって!!
よく引き受けたなウィノナライダー。(^^;)
万引きのし過ぎでもうこんないじめ?みたいな役でも受けざるをえ無かったのかしら。
くわばらくわばら。
白鳥と黒鳥は人間の両面を象徴している。
善⇄悪 清⇄汚 愛⇄憎 受け身⇄能動 内気⇄勝ち気
不安⇄自信 
白鳥的な主人公は黒鳥さが足りないと指導者に指摘され
オナニーが足りない!(なんか私の師匠を思い出す。)
だんだん冷静さを失って行く。
何が現実で何が非現実なのかが見る側にも
分からないような設定になっている。
狂気。




















27)サマーウォーズ 細田守
28)tour operator 
29)PEDAL pist bike movement in NY

27)先日細田守監督作のおおかみ男の雨と雪がレンタル開始になった。
その関連商品という事で目につき易いところに有ったので思わず。
武田家の流れを汲む旧家の名門の家に夏休みの時期におこる大事件。
弱々しい青年が美しい先輩に頼まれて大おばあさんの誕生日の手助けをする。
大おばあさんには子供が4人。それぞれの夫や奥さん、その子供、更にその子供。
みんな勢揃いで誕生日の準備をする。孫の一人は野球青年でこの子は地方予選の決勝まで進み
テレビで毎日取り上げられている。
一方弱々しい青年は数学オリンピックに出られそうなくらい数学が得意。
青年に送られて来た数列だらけのメール。これを解いてしまったことで。・・・。
面白い対比。
弱々し青年が挑む戦いはネットの世界の中の被現実だけど
世界を揺るがす一大事で有るのに対し、
野球青年の戦いはリアルで現実なはずなのにテレビの中どまり。
球場の中から一歩も外には出ない。
とても閉鎖的な空間におけるリアル。
どっちがリアルだか分からない。
真逆の対比。
武田家に社会の縮図を当てはめているのも面白い。
医者がいて、消防士がいて、警察官がいて、自衛官がいて。
刑事は上から威張ってばかりで理不尽で何かする時はとんちんかんで役に立たない。
とか。
絵も美しくて。何度見ても色んな発見が有りそう。

28)youtubeで発見した自転車映像にすっかりはまって以来中毒的に自転車ものを見まくっている。

http://www.youtube.com/watch?v=Z2e3Kyw4z30
robbie mcewen選手の自転車の前部、多分ハンドルの間あたりに小型カメラが仕込んである。
それでレースに参加しながら同時録画してるのですね。
風をよけつつ、選手が前後を軽やかに交代しテイク様は見応えばっちり。
観衆の早さを見るとどんなスピードで走っているのかわかって恐ろしい!
これは集団競技なんだっていうのも映像を見るうちに判明。
自転車競技はマラソンよりもはるかに先頭が風を食らって不利になるスポーツ。
だから敵同士でも何人かの集団で逃げたりする場合先頭が交互に交代するように
譲り合って共存している。全体では同じチームの何人かを上位に送り込む事でポイントが稼げるらしく
監督のような人が試合前に指示を出している。
あなた逃げる人。あなたは後ろで温存している人。そして隊列を組んで行く場合、守られるエースは常に
一番後ろでその他のみんなでエースの風よけをする。
なんか野球に似てない?先頭で行かされる逃げる人なんてレースの終盤には必ず棄権する。
そもそも役割があるからその人の役は完走する事でさえない。
バントの役の人みたいですよね。
必ず送る事が仕事で自分はアウトになる専門職みたいな。
そういう犠牲を伴う美しいチームスポーツだって言う事が日本では
伝統的な武士道を想起させて人気になるんじゃないでしょか。
総大将を守るための戦い。他の兵士は死ぬ事をいとわない。
日本の精神にかなり近い。
だってこれがもし個人技だけだったら日本人は体格的に戦えない。
それで思うけど日本の実況のやり方は根本的に
間違っている。今現在誰が一番かという事だけにとらわれた中継
この競技の本質と関係なくない?
その点この自転車からの映像って言うのは面白くて試合のドキュメンタリーとしてはこんなに
面白い事は無い。
このロビーさんは引退したらしいのに隠居的に試合に出てお楽しみでカメラに映像をおさめ
あげく3位に入ってくる。
最後のスパート何かもみものです。
日本の選手は足が発達してしまう事がそのまま重さになって、力技でいかないとこげない。
なんか悪循環している。
音楽も同じだなぁ。
あ。
それでこの映画の方はツールドフランス2000をconfidisのチームとあるおじいさんの目線で切り取った
ドキュメンタリーで超超素敵で泣けます。
若きdavid millarが初めてlance armstrongに土を付けなんとかマイヨ〜ルとかいう一番の人だけがつけられる
ジャージをゲットする。
おじいさんは試合を追っかけてキャンピングカーで移動。
小さなベッドは椅子代わり。
キッチンでご飯を食べるシーンは本当になける。
死ぬほど頑張ってトレーニングするバイカー達。
それを人生をかけて応援するおじいさん。
選手達はこういうおじいさんやおばあさんを救う天使さんなんだなぁ。
同時に選手達もこういう存在に助けられているんだろうし。
トレーニングは自分のためにしか出来ないけど
試合だって自分のあるいはチームのためにしか出来ない。
だけど結果たくさんの周囲が巻き込まれ助けたり助けられたり。
う。う。。美しいぃ。

29)こっちはニューヨークの自転車便の話です。
こんな感じの現状がnyにはあるのかっていう新鮮な驚き。
まずやる人が社会の最底辺の人だということ。
スラム、ゲットー、プロジェクト出身者。
ニューヨークの市内の一番人が多いところを走る。
しょっちゅう事故が起きる。
映画の中でも一人タクシーにクリーンヒットされていた。(全然無事だったけど)
日本だと結構な試合を目指す人がバイトでトレーニングをかねる
みたいなイメージだけどニューヨークではならず者の職業みたいな意識も結構強いのかもしれない。
みんなおのおの改造したバイクを使っており、
そうだ日本ではこのバイクを町中で乗り回すのは禁止されてるんじゃなかたっけ?
競輪用のやつ。
29を見ると28の恵まれてるさ加減がよくわかる。



22)南極料理人 沖田修一
キツツキがとっても気に入ったのです借りに行きました。
南極の料理人は昔情熱大陸か何かで実際の方を追ったドキュメントを目にした記憶が有りました。
ストーリーのあらすじを聞いただけだと何が面白いのかよくわからない
木こりが監督とであってココロを通じ合わせる。
これはキツツキだけど
南極だって南極に送られて其処で共同生活する男達を描く。
・・・。
tutayaのポップ書き泣かせだなぁ。
どちらにも共通するのは
「脱日常を体験する事で自分の日常を見直す」
という設定かもしれない。
南極は妻と娘に尊敬されていない父が1年間の距離を置く事で互いの大切さを深く感じる。
キツツキでは木こりさんの普段の生活に映画クルーが入って来て、
彼らのゾンビ映画を何となく無理矢理まきこまれつつ手伝って行くうちに
亡くなった妻への悲しみに暮れていた自分を忘れ、息子と同年代の
監督と話すうちに息子への理解や愛が深まるという。
あるいはそれが双方公的に描かれている点も共通する。
主人公だけが変わるのではなく相手も変化するのだ。
監督も主人公の存在によって現場で何度も救われる
そのうち現場の空気が良くなって周りのクルーも
映画にどんどん集中して行く。
二人が関わる事で周りもすべて変わっていく。
そんな過程がコミカルにぷぷぷっていう笑いをいくつも交えながら展開し
本筋の部分では結果感動して泣いてしまう。
このつかみ方が絶妙。
1、日常←→ 2脱日常 3日常→←

23)winter’s born デブラズラニック
これは衝撃的。神話的。夢的。そして私が暮らしたテキサスにもこれに似た感じが有った。
懐かしく。寂しく。そして何処までもずぶずぶ落ちて行く。うらぶれ感200%。
薬の密造人の父が保釈中に消えて、狂った母と12歳の弟に6歳の妹を一人で面倒見る17歳の少女。
逃げ場が何処にも無い。
この小さな村では掟が法律に優先する。血がなにより重要。親戚を頼って生きて、父の消息をたどり
そして対立する部族との微妙な駆け引きと協力。
最後ティアドロップが犯人を知っているっていったって事は自分は殺されるっていったって事なの?
疑問が残るけど。
ま。それよりジェニファーローレンスのあまり美しくないけど画面を引っ張る魅力みたいなものにうたれる。
主演を張るソウルフルな顔立ちの人。
日本映画界では今や美人かブスかの両極端しか無いけど。
しかも美人9:ぶす1くらいでしか起用はなさそう。
他にも知的な顔とか、ソウルフルな顔とか、ものうげな顔とか
世の中にはかず限りない顔が有っていいはずなのにどんな形容詞を使った顔も
美人がやれば説得力が半減する。
なぜって実人生で美人はそんな顔をする必要がないからよ。
その気持ちはブスしか味わわないわ。ってことが世の中には核も沢山有り
それを説得力を持って表現しきれるブス系美人は少ない。
ああいう過酷な人生も美人が演じてしまえば説得力は無くなる。
日本の映画で見られるのは過酷系なものだけだ。
ここでは有名な俳優がほとんど出ていないというのも物語の力を増している
どの俳優さんもこの世界の住人にしか見えない。
ここに一人有名な俳優さんが入ったらやっぱり世界観が壊れる気がする。
ということで見所的に一般的な美人が沢山出て来たり有名俳優が出てくる嬉しさは何も無い。
ストーリ的にもあまり何も起きない。
主人公の女の子がリスの皮を剥くってところがなんならストーリーを飛び越えて一番衝撃的
スコットランドからやって来た人たちの特徴らしい。何でもかんでも揚げてしまう。
それとは別に途中の音楽が何といってもすばらしい。
この地域ではもしかしたら有名なのかもしれない。
演奏力を考えるとそうなのだろう。
だけど日本には絶対こういう音楽は入ってこない。
なぜって歌ってる人が日本マスコミ感覚的にはブスでデブだから。
すっごいステキな音楽でもブスやデブやその両方がやってたらいらないんだよね。
日本映画界も音楽会もそういうメンタリティー。
少なくともマスコミが押し付けてくる者はそういう地点からのモノに限られる。
美しければ良い可愛ければ良い頑張ってれば良い。
なんじゃそら。
死ぬほど良い音楽と向き合って
正面からあたってくだける恐怖を味わった事がある音楽は日本にはほとんどない。
それはこの映画ともおなじで成り立ちを無視して
型だけを受け取ってそれを模倣するだけ。
ジャンル音楽にはそれが成り立って来た過程が有り
学校へ行って最後の答えだけを教えてもらったモノを
これだよねってきれいに提示してみせたからって一体何なんだ?

hillbillyという種類のスコットランド系アイルランド経由アメリカ迫害移民という存在が
未だに歴然と存在するという事実。
それを都会のアメリカ人はどう受け止めるのか。
日本で言う被差別部落民にも近い存在。
日本でも河川敷クラスの民主主義的なループからは完全に外された
人たちはいる。

痛過ぎて見られない映画。封印している無意識的差別意識を目の前で見せつけられる。
故に絶対に入れてもらえない世界の深淵を覗き込む感じで黙ってびくつくしか無くなる

結構最近一好き。音楽もこういうことを忘れては行けないのだと強く感じた。
見た目はポップでも(ポップでもないけど)心根はパンクで!!


24)トウキョウソナタ 黒沢清
誰も疑ってない、何処にでもある日常は実は非常に危うい。
最初のシーンでそれが象徴的に現れる。
揺れるカーテン。突然の雨。
何も考えないでレールの上に乗っかっていただけの
大企業のサラリーマン。
妻をもらい子供をもうけ家を建てた土台はあまりにも
頼りないモノだった。
頼りない、社会の上に乗っかってそれぞれの役割を演じる
あっけなく崩れさる現実。複雑な様相を呈する役柄の世界。

25)the dark knight クリストファーノーラン
ヒースレジャーの怪演を見たくて借りた。
純粋悪、人間の本質を暴きたいだけ。
この設定はこの間見たセブンの犯人像とかぶる。
そしてどちらもどうやらミルトンの失楽園に触発されているらしい。
形而上学的悪。昔疑問に思っていたんだ。
美のイディアが有るならなんで悪のイディアはないの?
っていうか有るんじゃないの?
あの弁護士はセブンの若い刑事とかぶる。
つまりアダム。ナイーブ。バカ正直。
リンゴを食べて落ちる。

宗谷って考えると映画は神話の発展系もじった系。
神話は人間の本性を分かり易く解き明かしたもの。
ってこと?


26)歓びを歌にのせて ケイポラック
スイスの映画をみるのは初。
心臓病の悪化で休業を余儀なくされた指揮者。
地元に帰って休むはずが、教会のコーラス隊の指揮をまかされる。
で色々起きて最後どうなるのか。
音楽でつまり集まって楽しむ事で人はつながり
権威や教えや説教でつながってるんじゃない
とくにソロを歌った女性の歌は感動的で音楽に言葉は関係ないという事を
改めて思い知らされた。


16)ミッション8ミニッツ ダンカンジョーンズ
17)キツツキと雨 沖田修一
18)pride and prejudice  ジョーライト
19)マネーボール ベネットミラー
20)セブン デビッドフィンチャー
21)テルマエロマエ 武内英樹

町山さんが解説している20、19、16。
20は昔映画館で見たとき確かに衝撃だった。
その衝撃はのちのち犯人がケビンスペーシーだったと知った時のあとから衝撃も忘れられない。
その頃はまだあまり有名じゃなかったのですよね。少なくとも私には。
アメリカンビューティーやKPAXや交渉人をみてそれからテレビでセブンの再放送を見たとき
の驚きと喜び。
脳の何処かがぱすっってつながる感じ。
で今回改めて見返して、やっぱり何度見ても面白いです。
映画館でもっと頭をがっつり見たような気がしていたけど、ほのめかす程度だったんだっけ?
殺される事で説教が完成する。
観客は放り出され、お前も考えろよ!と張り手された気分になる。
それとあの脳の喜び方は何だろう。
知っていたと思っていた何かを別の角度から見る見方を知って、
新しい方向から見てみたら全く違って見えた感覚。
正方形だと思ってたら立方体だった!

17のキツツキと雨が拾い物だったです。
これをみて沖田修一監督作、他のもみたいと思いました。
ついクスクスしてしまう。
間。
絶妙。何が?それはまだわからない。

18のダーシーさんがgyaoのスパイドラマの主役の男性だったのも立方体!
キャリーマリガンもこれで初演技をしていたそうな!ドライブでのはじけっぷり!立方体!
もう一人の子も何処かで見た事あると思ったらジュリアロバーツステップマザーの子供役だ!立方体!
キスシーン無しのセクシー映画。キスが無い裸も無い。だからこそとってもむらむらする。

ミッション8ミニッツ。
面白い。量子力学の考え方ってこういう応用の仕方が出来るのね。
最後にそういう「ループ」がうまれるで脳みそスパーク!
だけど矛盾しないのか?ん?どうなんだ?
わからない〜。

テルマエロマエ・・・。うーん。うーん。うーん。
かわいそうでした。
こういうラインナップの中に入れてしまって。
純粋な娯楽映画として楽しむ分には十分なんですよね。
想像通りの話の展開。
娯楽ってそういう事じゃないですか!
見る側に考えさせない。
そうそう。

娯楽に見えて実は違うっていうのが私の音楽上の信条だけど
最近の娯楽的なモノは音楽にしても映画にしても何にしても人を馬鹿にしてない?
馬鹿にし方はどういう仕方かといえば
いらぬおせっかい的。
劇的ビフォーアフターで昔京都の町家を治すというときに
外人の建築士が現場の人ともめていたのを思い出します。
階段タンスに現場の人が手すりをつけた方が良い
といったのをバシっと一蹴して
そんなもんは馬鹿がやる事だ!と一喝した。
何が大切なのかを見失ってしまっている。
危ないから手すりをつけた方が良い
この考え方がいかに人を馬鹿にした考え方なのか
それが受けても分からなくなって愚鈍化している。

昔は説明不要だった箇所に説明が必要になっている。
こういう音楽的に手すりの付いたようなものをありがたがる客も増えてる。
それはありがたがるところではなく腹を立てるところだよ!
といいたくなるが気付いていないのだから放っておくしか無い。
映画を見ていると見方が分からない事もたくさん有るけど
例えばテルマエロマエなどにはいらない手すりがいくつも有るように感じる。
で返って全体の景色が崩れてしまう。
なぜ毎回彼女のところに流れ着くの?
そうなるために日本の話が設定の無理矢理具合がすごい。

次々見ているとはっきりするのは
娯楽映画は疲れていて何も考えたくなく癒されたいときに見るもので
こういうものが売り上げをのばすという事は疲れているんだぁ日本。

こういう世界が有りますよ外からのんびり見ててくださいという娯楽映画に対して

キツツキと雨のような映画はどういう構造になっているのだろう。
歌で例えるならアコギ一本で奏でるバラードで淡々と日常を歌いながらも
気付いたら泣かされていた。的な。
南極料理人をみて更にそれを強く感じたけど
ストーリーと訴える部分が分離している感じとでも言えば良いのか
だってキツツキにしたって
林業を営む疲れた中年親父が、都会からやって来た、気力も自信も全く無い映画監督と知り合って
彼の作るゾンビ映画をサポートしているうちにココロ通じ合って友情を育む。
といっても何一つ面白くなさそうじゃない!
それなら古代ローマ人の風呂作り職人が現代の日本にタイムスリップして現代文明を目の当たりにして
其処から持ち帰った日本の風呂の技術を古代に活かしてローマの歴史を変えてゆく。
みたいな方がなんだかスリリングだし一見面白そうじゃない!

ゾンビ映画ってフックを知らないとただ単に毛嫌いされてしまうアイテムだし。
これってある種の人たちは入ってこなくていいから宣言ともとれる。
ある種。
見た目で浅はかに決めつけ、毛嫌いする人。
そういえば桐島にもゾンビ出てたっけ。
ゾンビ映画の排他性
ほおっておいてください
分からなくて結構です
あなたには無理だと思います
すねまくっている感じ
これ感じるの私だけ?

ゾンビって
理解されない人が理解用としない浅はかな考えで人を決めつける人を
殺し、
それでもそういう人は生き返ってくる
その始末の悪さのメタファーみたいな事なのでしょうか?

だとしたら私の音楽も途方も無くゾンビ的だと思う。

この間深夜テレビでホラーサスペンスショートフィルム監督のコンペ番組をやっていて
一人ゾンビを題材にしていた監督がいたけどやっぱり通らなかった。
そして手すりがたくさん付いた作品が通っていた。
この監督さんが感じている思いと私がこの間でたコンテストで感じた
感覚はとても共有出来ると思いました。
やっぱり分かりやす方に行くよね。
そりゃそうだ。
どうぞどうぞ。
どうせ分かりっこ無いもん。

どうせ=ゾンビ

なんですかね。

とにかくまだ全然咀嚼出来てないけど
キツツキはかなり突き刺さりました。
10)music of the heart
11)hunger game
12)precious
13)冷たい熱帯魚
14)恋の罪
15)ステキな金縛り

ハリウッド映画と日本映画の違いは結局思想の違いなのだろうか。
なんなんだろう。ざっくりと分けなくても良いじゃない。
そうなんだけど見た後の感じが決定的に違う。
なんで?
ハリウッドはテーゼが有り、それに対して監督なりの解決策が打ち出されるという図式?
日本はテーゼが有るのか無いのか、あっても解決だってされない?
デカイもやもやの固まりを、どうなのよ!って投げつけられる。
ここのところ見たものでは少なくともそういう感じを受ける。
いや。でもセブンはそんな感じじゃなかったなぁ。
ゔ〜ん。

ステキな金縛りは別だけど。
ひくくらいどうしようもない感じだった。
これを支えているのは今までのレピュテーションだけではないのか?
疲れて帰ったサラーリンマンが何も考えずにビールを片手に癒されるためのもの
にしたって無理が無いか?
深津絵里が可愛くて歌が巧いから全て許されるなんてことはない
三谷さん他の仕事し過ぎで映画を考えられなくなってしまったの?
13や14と同じジャンルの者だと扱うのがためらわれる。
これが映画なら13、14は何なんだ?
自分にあり得たかもしれないもう一つの世界みたいな者を強烈に見せてくれる
園子温監督作品。
14は音楽も全く同じだなぁと思いながら見てしまった。
夢で何度と無く体験した究極の場合の選択の数々。
人間の一番根底にある共通項のような感覚感情に寄り添って世界が描かれる。
超リアルなシュールレアリズム。若冲の絵のような世界。
リアルを追求しすぎて脱リアル化してしまう。
あの鶏の絵のように。

ハンガーゲームも
夢の世界に近い。ああいうのを夢で見た経験あります。殺し合い。
多分ローマで昔奴隷を殺し合いさせて闘牛みたいに楽しんでいたという知識や
漫画家田村由美のBASARA を読んだ記憶とかの脳内処理だと思うけど。
殺し合い。
絶対死なないポジションにいながら見る事が出来て脳内がぶっ飛ぶ最高のエンタメ。
というのは人間の脳の秘密らしい。
他人の不幸は蜜の味って言うのは脳科学的には正しいらしく
他人の不幸を見ると脳内の麻薬が出まくって報酬系が激しく活性化して結果人間は癒されるらしい。
311の映像なんかが絶えずアップされるのも、あるいはそれを見てしまうのも
その辺りの脳が活性化されてしまうからだと思うの。
私たちはそれを見て脳内麻薬を出しまくって癒されてしまう。
ところが見ていて気付いてしまったことに
沿岸部で高いビルに逃げて無事な人が目の前を流れて行く人を見て
叫びながらやっぱり脳内物質が出てしまっていることに。
そして流れ行く人たちは超冷静。
これが脳のどの部分がどう反応しているのかよくわからないが
パニックを起こしたり泣き叫んだり出来るのは
安全が確認出来た人たちに与えられた特権なのだ。

現実のエンタメ化。

ハンガーゲームはそれにあらがうものであり、園監督は冷静に現状を映し出す。
911の時もこれは映画か?と思ったし、311も映画のように見えてしまった。
現代は映画の用が中だけのはずの事がリアルに起きてしまう。
ハンガーゲームはまだ掟はいないけど近未来的には起きうる仮想現実的リアル。
園監督のストーリーは嘘だけど
そこで人が感じたりしている人の気持ちは
現在進行形的古典的未来永劫本能的
人間の有り様を掘り出している。
人間ってこんな感じになっちゃうよ。
そこにこういう設定をぶち込んだらこんな事を言い出すに違いない。
遣り出すに違いない。
人間の本能本質の解析の精密さがあってから
逆算されてストーリーが生まれている感じがする。
311が起きたとき、人はこうだった、
この辺りの人はこう反応した。
あの辺りの人はこう反応した。
現状の分析力とそれに別の設定を与えて
新たな物語を立ち上げる力が半端ない!と思ったのです。
「愛のむき出しも」
オウム事件の本質を解析した後
別の設定を当てはめてストーリーを動かしている。
どうして人はうさんくさいと言われいるようなモノに
いとも容易くはまって行くのか?
人間観察の鬼

プレシャスは黒人と白人の対比というよりは
人間が人をねたむのには底が無いということをよく表している映画だった
主役はお母さんじゃないかと思うくらいに。
モニークの演技もヤバかった!
秀逸なのはきっと脚本なんだとおもった。
帰って来た娘に最初にかける言葉はそんなにひどくはない。
一つ受け入れたら次また受け入れたら更に次。
次々次第に要求がエスカレートして行く。
最後は殴る蹴るの暴行。
その流れのスムーズな事は脚本によるところが大きいように思う。
虐げられた最悪の状態の娘が自己実現して行くという話より
どのようにして最悪な状態が作られ、
そこから抜け出す事がいかに大変かという部分にものすごく
引きつける要素が有る。
実社会では底から抜け出せない方が確率的には高い。
主人公を人ではなく状況にしてみたかったから
新人さんをあえて起用したんじゃないのかしらね。

5)サニー
6)おとなのけんか
7)幸せの隠れ場所
8)shame
9)the ides of march

サニー。
ココロに突き刺さる映画体験でした。韓国の女性たちの演技力すごすぎる。

大人の喧嘩。わかるわかる。で当の本人たちは既に仲直りしているという。
大人たちが社会的にかけているバイアスの種類の多さとそれが取り払われた時のディザスター。
子供の何倍もひどい。わかるわかる!

shame.は愛とセックスが分断している人について共感は出来るものの、
なぜ妹と愛し合うにいたったかも知りたかった。
そうなってしまったあとの二人の取り繕うようにぎこちない、
反発的な羞恥的なそれでも突き放しきれない距離感はすごくリアルだったけど。

幸せの隠れ場所。とても見たかったんだけど。ようはヘルプ、ミュージックオブザハート、プレシャス。
白人と黒人は永遠に水と油です。
だけどドレッシングとなる事が出来ました。
みたいな世界ですよね。不思議。
白人側からは「歩み寄る事も出来るんですよ我々も」というドヤ顔カン。
黒人からは「お前らには永遠にわかんのだよ分かったか!あ分かんないんだった。」みたいな。
かつて日本がおっぱじめた戦争も今になって私たちや子供たちの世代に
謝れと言われても私たちもなんとなくどうしたら良いのか分からない。
というのに似ているのかもしれない。
悪かったってのは分かるとしても、私たちに謝れと言われても困る。
無効のこうした映画の釈明的な感じを見るとむしろ白人に同情してまう。
そんなに言い訳しなくて良いよ。

ライアンゴスリングが見たくて借りたイデスオブマーチ。
アメリカ政治の内幕を描いた心理戦。ドキドキした。
日本の政治はこうした題材を映画に提供出来るのだろうか?



寒い。
家から出られない季節です。
ただ、ただ、ぐうたら食べたり寝たりしています。

年末に向けて録音してますがなかなか進まない。

ふぅ。

面白いフレーズを一つずつみつけて
当てはめては取り消し
捨てては生みだす
という作業に入っています。
機械が使えたら生じない問題がいくつも有り
進みたくてもなかなか先に進めないジレンマ。

これ
前の録音の時もそうだった。
前に進む原動力は出来上がったらキイテ!キイテ!キイテ!
と言いたい気持ちだけです。
待っていてくれる人たちの顔を思い浮かべながら
毎日少しだけ進んでいこうと思っています。

とかいう決意文でも書かないと
全く進まないんだもの。

いや。
こういう決意文を書いて
また安心しようとしているだけなのだ。
わたしってわたしって・・・

今回の録音は出来上がったらライブにきてくれた人にだけ配る
特別おまけ音源です。
アルバムCDというメディアは既にレコードレベルに
懐かしいものとなってきています。
簡単な音源ならmyspaceで
あとはダウンロード一辺倒。
マッチ売りの少女のようにマッチ箱を一つ一つ
かごから売り歩く時代は終焉を迎えたのだ。
なのに
雪の降る中
窓から家の暖かい団欒を覗きながら凍える
という部分だけなぜか残ってしまっている気がしてならない。


あたしの部屋は温かいけどさ。
ココロが寒いのだ。
ひゅ〜っ

ベースのフレーズでモウタウン系サイケなフレーズがあって
それを聴いていたら
ふと思いついたギターのカッティング。
太陽に吠えろか
D'angeloのライブでギターを弾いていたおっちゃんの
かっちょいいーカッティングに影響を受けたのか
と思っていたら
そうではなく
最近youtubeで楽しんでいる5時に夢中の
番組のイントロジャクソン5のイントロであった。
無意識とは恐ろしいものだ。
さ。
明日こそはやるぞ!
と昨日も思っていたのは気のせいだ。


久々におよばれして東向島プチローズに行きます。
クリスマスソングをそろそろ解禁にしていこうかな。

写真を変えたらでっかくなってしまった。
自動的に縮小しますっていったのにぃ。
ま。いいか。





最近可愛い子供と会う機会が多い。



同期の仲間が結婚し、
丁度子供がこのくらいの年だから。

彼らと接するのが好きだ。

普通でいられる。



猫探報も続く。

距離感が気持ち良い。



ボンバー激写も続く。
完全に違法地帯に踏み込みつつある。
せっかくクビになったから
10月からはいっそ
やりたい事をやってしまおうと
画策中です。

その前に
まずは前向きな復讐。
育てる力がないのを棚に上げて
面倒臭いし、嫌な感じだから
切ろうとしたボス達には
切った事を後悔して
ノイローゼになって
自殺でもしていただけるように
頑張らなくては。

もともとスキルが上がっても
一切時給が上がらない
だから意図的にスキルを落とし
関係ないところで
音の実験を色々していた
音に関しては
前向きなタチだから
やり過ぎていたらしい。
実に驚くことに、
今回クビが決定してから
わざと超やる気なしな声を
出してみたところ
はて、
声にドスが効いているのか
妙にゆっくり話すからか
落ち着いて聞こえるのか
客の反応が変わってきた
クレーム客が
話聞いてもらってすいませんと
逆に謝ってきたり
他の者にも妙に恐縮される。
なるほど今までは
ハイテンションで声を
頑張り過ぎていたのだ。
それはこちらの頑張りとは裏腹に
お客にプレッシャーを
かける声になっていたり
急がせてせかす感じになったり
焦りを生んでいたようだ。

うむ。
音楽にも同じ傾向を
みいだしてしまう。

大学時代に仲間に言われた
頑張り過ぎ
が、また頭を過る。

このくらいやる気なく
自分の中では相手を怒らす
んじゃなかろうかとドキドキ
するくらいのテンションが意外に
相手にプラスに受け止められるのか
クビにならなければ気づけなかった。
ありがとう。
クビ!
音楽にプラスをもたらしてくれて。
結局重心が後ろに行くか
どうかなんだ何だろうな。
普段が
前のめりやすい姿勢だから
思ったより後ろなんだと思う

乗馬もそうだったから。

だから最後のお勤めは
最低の仕事振りで
切って正解だったんだ
と安心させないで
後悔させてノイローゼという方向に
前向きなシフトチェンジが
起きてしまったのですね。


最後まで楽しく実験
させてもらえそうだ。
これからどんどん声を低く
ゆっくりにして行き
何処までやると逆に
客がキレ出すのか
実験してみようと思う。
それはやはりくだらない
復讐など越えて
音の実験であり、
思ってもいない結果が
出るかもしれないのだから。

また心なしか
前のめりになってきているf^_^;)
張り切ってやる気なくやるべし。






会社をクビになりました。
パチパチ。
社会不適合者だから
昔から良くクビにはなった。
百貨店のマネキンをやってた頃は
(マネキンとは販売員のこと。)
四年目くらいで
二日酔いで出社拒否したから。
保険会社も四年目くらいでこれは音楽との両立が困難になったから。
二日酔いも毎日ひどかった。
朝礼はトイレでゲロ。
テニスのインストラクターも
四年目だ。
音楽との両立が困難で休んでばっかりだった。
一緒に働いている人のことはどうでもいいんだね。
音楽しか考えてない。
この傾向は音楽にもあるなぁ。
共演者のことを考えてないんだろうなぁ。f^_^;)
なんだなんだ。
四年目が鬼門なのか。
そういえば六本木のクラブもか。
あれは下積み4年弱でシンガー三年未満で店が潰れたんだよな。
もう一つのクラブも四年だった。
そして今回もきっちり丸々四年。
ふむ。
パターンを踏襲してるんだね。
ズバリ!飽きちゃうんだろな。
失望しちゃうから。
やればやるだけ虚しさがまし
音楽にもなんだかんだで
支障がでちゃうんだ。
音楽ばかり考えていると
バイトにも支障が。
ふむ。
そんな中
越智さんとの演奏だけ
もう7、いや8年目に突入しようとしている。
これは奇跡じゃないのか?
ま、単に越智さんの我慢強さ
ですけども。

とにかくそんなわけで
バイトが終了するから
これを気に一気に録音モードに
突入して行こうと思う。

金銭的に何の支障も出ない音楽、
ほとんど誰も聞いたことない
幻の音楽だけど、
仮に辞めるとなったら
凹んだまま元に戻らない可能性もある。

バイトはなんだか超あっさり
立ち直ってしまうんだな。
どうでもいいからなんだなぁ。

虐められて
行きたくない学校を
辞めるみたいな気分。
つまり爽快です。

早速求人案内を見ていたら
立川に良さそうなバイトがある。
午後から夜まで6時間。
週二日以上。
通勤時間短縮。
家から往復歩けるし。
素晴らしいぃ~。

会社の愚痴を言っても良いんだけど
そして言い出したら
腐る程あるんだけど
時間の無駄すぎるので割愛。

というのもなんだから
少しだけ総括。


なんと言っても
一番良かったことは
渋谷から永福町までの
徒歩区間でたくさんの
猫さんやら景色に
出会えたこと。
あるいは歩くという行為自体。
これが溜まったストレスのガス抜きになっていた。
ストレスのない仕事はない。
音楽の次にストレスを感じた
良心的に報酬があるという
意味では音楽よりプロらしい
仕事が要求された
つまり心にもないことを
心を込めまくった風に言う
ということだ。
会社のゴミ拾い。
象徴的に言って。
そういう仕事だった。
何年もは心身に不健康だから
この辺りが潮時だったんだと。
良い経験だった。
世の中の7割以上の人は
救いようのないくらい
壊れていると知った。
世の中は弱者で満ちている。
びっくりするほどに。
ま、特殊な業態だから
必要以上に多いのかもしれないけど。

一流の会社と言いながら
ゴミ掃除部門は
気の回ら無い人間の集まりだった
コレが会社組織の実態なのだと
知った。

考えなくても済む場所。

それが一流企業の立ち位置。

考えているように見せる場所。

走っているように見えて
どこにもたどり着か無い
ネズミグルグルの滑車のようだ。


本人達は気づく由もない。
それがネズミグルグルの
とくちょうだ。

震災もあり、東電の
一流企業たいしつが
世間に余すところなく
露呈した
その裏側で
何がどうなっていたのかは
私のいた会社と
まったく同質なはず。
上は保身。下はクズ、ゴミ扱い。
彼らは下を育てられなかった
という自分の落ち度を
ことごとく棚にあげて
自分は悪くないと思い込む。
虫唾が走る。

まぁしかし
もうおさらばだ。

しばらくは録音に専念しよう。
またもやハードディスクの
使い方から始まる
今回の録音。
しかし相棒の越智さんも
同じ機械を持ってるから
少しだけ安心。

二枚作ろうと思います。
それはまた追って。


すっかり夏シフト。



猫さん達も暑そう。



多摩川行って。



地元居酒屋で飲んだ。

今日は美容師の兄ちゃんに
カットしてもらいました!
私はよくウチでやってもらいます。
しかし、原宿一等地に店があり
そこはガラス張りで神宮の森を臨む
素晴らしいロケーション。
近くの皆さん事前に予約し、
是非お運びください。
ボンバーから聞きましたで。
予約用携帯メアド
voodoo-hondo-64@docomo.ne.jp
渋谷区神宮前1-19-14
サンキュービル3f 'SHIN'
http://www.youtube.com/watch?v=SnlhszFtkeI&feature=youtube_gdata_player
昨日演奏した
下北沢ネバネバランドには
お店のお客さんが
たくさんついている。

月一で開催される
このイベントでは
いろんな人に出会える。



沖縄のママさんと
お姉さんの人柄の良さに惹かれ、
沢山の常連さんが集まる。

猫さんもいる。

ママが拾ってきたのだ。



昨日は西海しげるとのデュオ。

この日の珍しいお客さんは
バレリーナ!((((;゚Д゚)))))))

バレリーナさんなんて
滅多に会わないよ。

しかも男性!
わぁ。思ったより
ガタイが良いんですね。
女性を軽々あげたりするんだから
そうなのか。

そりゃいるところには
いるんだろうけど
私の周りにはいないのだ。
ミュージシャンは腐る程いる。

なんだかとってもフランクな
素敵な人だったよ。

何がびっくりって
男性ダンサーのレオタードが
なぜ白く、かつ、
激しくもっこりしてるのか
訳を知って((((;゚Д゚)))))))はぅっ。

男性は踊りに全てが現れる
品位、教養、性格。
ついでに生殖能力についても
表現してみよう
という経緯であのもっこりが
誕生したらしい。
昔の王子様の必須アピールポイント
だったんですって!

今ではその名残で白レオタード。
ついでに
もっこりを盛るのが伝統らしい。
またもや((((;゚Д゚)))))))はうっ。

あそこに何か布的な物を巻きつけて
大きく見せたりするんだと。
オペラ座に出た時に
フランスの人仲間に
もっと盛れ
といわれたらしい。

あ。えっ?
そういうところに出てるんですか?
と、聞きたかったのに
何の盛り方の方ばかり
話が広がってしまった。^^;

実はえらい兄さんなのかもしれぬ。

私はなぜか小さい時から
バレエの漫画が好きで、
ああいうところに書いてある
事は実際どの程度どうなのか?

など色々質問して見たかったが

終始

ナニの話ばかりで

一体どこでどんな
踊りをしているのかより
何をやや盛っているらしい
という情報しか
得られなかった。

今日調べようにも
名前もわからん。
出身もわからん。
時々下北沢ネバネバランドにくる
やや盛りの方。^^;
という激しく偏った
記憶になってしまった。



主催者に、
涙の出るような歌を歌うんだよ
といわれたが
涙は受け取る側の
感受性によって決まるので
こちらが、どうだ!
これで涙出るだろう!
とやるのはおかしな話さ。
ウチにはテレビがないが
ネットで何が注目されているのかは
テレビが注目している事と
連動しているらしいとわかる。
私が危惧するのは
日本人の扇動されやすさだ。
今のこの感じが第二次大戦に
入る直前の感じに近いんじゃないか。
インパクトからの扇動。

原発で盛り上げておいて
その間に税金法案を
コソッと通してしまおうという
圧力団体がニンマリ
ほくそ笑んでいるのを感じる。

利権てなんだろうね。

バイト先の部長の親が
亡くなったから香典代
1000円徴収された。
一時間分の労働を
見たこともない
死人のために払った。
そこには絶対に断れない
空気が漂っている。
こういう事の積み重ねが
大きな事の根底にあるよ。
断ったら居ずらいよ。
路頭に迷うよ。
だから仕方がなく払うよ。
だったら上に立つものは
そんな空気にならないような
立派で配慮のある
人間で有るべきだよ。

原発反対をいくら叫んでも
理不尽な千円を断る事が
できないなら
ああいう問題を
作った側と同じ側だよそこは。
自分を棚にあげて
とりあえず反対してるんだよ。
無意識的加担者でもあるんだよ。

地熱、風力、火力、にかわる
メタンハイドレートに注目してる。
けどメタンハイドレートだって
利権とか外交とかに阻まれて
何一つ進まない。

ツールの問題にすり替わってるけど
ツールじゃなくて人の在り方の
問題なんじゃない?

断れない空気、断ったら居辛い。
空気に流されとく。

職場で上司が指示を失敗して
誤案内。
だけど上司を責められない空気。
故に一枚カードを
御意見ご要望に出来ず
上司に握り潰された

私がガツンと言わなかったから
そうなった。
なぜ言えない?
しがないパートだからよ。
いったら居場所を失う。
路頭に迷う。
バイトは見つからない。
こういうの、小学校から
何となくそうなってるんじゃ?
今更変えられない。
変えたらクビ。
どちらも地獄。

コレを考える
考えた上で行動に出る

をしないと原発問題に
向き合っているとは
いえない。

演奏家は必ず電気を使う。

反原発とかいうなら即
アンプラグ化しないとね。

電気を選べないのもシステム問題。

他だと高くなっちゃう。
でも東電から買わない
選べるなら
そうするだろう。
そもそもそうならないように
東電もしてただろ。
独占形態がなぜあるのか?
これを打開出来ないのか?

考えるまえに原発反対は
何だかだいぶ違うと思う。
空気に流されていってない?

ミュージシャンは電気を使いまくる仕事だから考えないといけませんね。

メタンハイドレートについては
YouTubeに青木さんの検索で引っかかる。
韓国にかすめ取られそうになっているのに外交してない問題や、
今後自立で賄えるほどの
両を持っている
これに感心を示したらアメリカぎ黙ってない問題。
面倒臭いし、原発は必要だし、
全く手を付けられない。
自力て百年分くらい
含有量があるんですって。
日本近郊海底に。
まぁ。もったいない。

システムを変えるには
ま。
永田町、霞ケ関、国会議事堂を
福島原発内に移動するだね。
これ一番手っ取り早い。

もしくは国会議事堂横に
新しい原発を建てる。
二秒で廃炉になります。

それか国会議員や官僚はすべからく
原発内で研修する期間を設ける
二、三年。
国会議員や官僚がいなくなって
われわれのストレスも減る事間違いなし。

しかしどれも実現しないね。
であれば
独占形態をやめて
他から高くても安全な物を買える
ようにはできるかな?

自家発電?
ペダルを漕いだ分だけ使える。

ペダルを漕いだ分だけお金になれば
バイト辞めるなぁ。
すぐに。




いないと思ってもいるんだよね。


わかる時には
見えそうにもないものが
サラッと目に飛び込んでくる。

後輩に何かを伝えるのは難しい。



逆に良く理解させてくれたなぁ
と色んな先輩方のやり方が、
思い出される。



存在感で説得力を出して
細かい知識を
さ、さ、といれて
基本を教えてくれた
スガダイロー。



恐怖政治で洗脳する占い師型。
根本から揺り動かされ
これがオウムなら間違いなく
入信してた
はじめから苫米地英人を知っていたら
とやや後悔もするが、
しかし1番変化をもたらすのは
この方法なんだ危険だけどさ。
凄く感謝してるんだ。

今にして思うと
実験されてたんだな。
人は本当に恐怖で洗脳出来るのか。
結論からいえば出来るね!
それでもたらされる
音楽的に良い変化も沢山ある。
洗脳されてないクソミュージシャン
洗脳された素晴らしいミュージシャン
生き方として実験的に人を洗脳するのが賞賛されないのは
尊敬が無いからよね。多分。
バーンスタインが小澤征爾にした事
これが洗脳でないなら
そこには互いに相手を尊敬し合う
気持ちがあったからなんではないだろか。
その方法で伸びていけるのは
実力者であり
本来やめた方が良いくらいに
向いてない人間には
やっぱり洗脳が早い。
私がラッキーなのは
精神的にズタボロだった所を
次にきた人にすくい取って
もらえたところだ。



少し手を伸ばさないと届かない
ぎりぎりの所でサポートする
男性舞踊家的越智泰彦氏。
いつもリハ前は下痢。
何か前回からつかんだものを
音の形にして提示しなければ
というプレッシャーが半端ない。

こういう所にプレッシャーを
かけられるようになったのは
二人目の洗脳型のおかげだかから
本当に感謝なんですよ。


普通の学習法では
学べないくらいアホだから
自分ならではの新しい習得方法を
考える。

昔から数学テストでも
回答はあっているが
計算式が意味不明型人間のわたくし。
普通の答え方はわからないから
その場で別ルートを
見つけるしかない。
音楽でも全く同じ事をしている。
しばらく、一日なのか一年なのか
一つの事を頭の中に置いて
転がし続ける。

身体が勝手にそうなるのを待つ。

アンテナをそこかしこに
張り巡らしておくのだ。
時間はかかる。

普通なら
a+b=cだから。
と一瞬で済んでしまう事が
私にはわからないのだ。

理解したい事は
別の映像や色をもって
認識される。
鮮明になるまでは
失敗しながら転がし続けるしかない。



後輩に何かを伝える番になると
結局どうしたものか頭を抱える
間違っていることをどう言ったら
伝わるのか。
先輩からは間違っていることは
激しくくっきり見える
寸胴に水を200ミリしか入れないで
500gのパスタを投入している
料理人見習いくらいに分かりやすく
おかしさがみえる。
しかし自分のおかしさも
諸先輩からはそう見えている
自分ではおかしさがわからない。
だから、先輩から
水は満タンにした方が
いいんじゃない?
と言われても
意味がわからない。

どの先輩からも一つ教わったのは
生き方を正さないと
良い音にはたどり着かない
ということだ。

スガダイロー君は
一つの事をやり続けろ
といった。

二人目の人は
酒とタバコはやめろ
といった。

越智さんは
勉強しな
という。

分からない
事のすごいのは
ソクラテスも言ったように
無知の知のメビウスの輪状に
なっていることだ。
分からない事を分かるという行為が
一回転では済まないのだ。
分かった瞬間、
次の分からないの間に
入ってしまうのだ。

そうやって洗濯機の中で
もみくちゃにされているうちに
切れておかしくなったり
自殺しちゃったり
各々苦しんでいる。

だから
紳助さんの言ってた
言葉が突き刺さる

M1を開催したのは
予選を通らないやつに
引導を渡し第二の人生
を送ってもらうため。
気付いて辞めるやつは
第二の人生で弾ける。
最悪なのは本戦に
残らないやつに限って
いつまでもしがみつく
事だ。

はて。
結局どうしたものかなぁ。


やっと春めいてきました。



風邪も何とか収まりつつあります。

落合式練習方法。
危険でした。

年間の試合の負け試合を決める。
負け投手をつくる。
敗戦の景色を際立たせ
勝ちパターンが浮き彫りになる
逆説の練習方。

プレッシャー軽減式といえるかも。

負けて良いとなれば
勝てなかったらどうしようと
いうプレッシャーから開放
されることになる。

さすが落合。
これしかあるまい。

で、演奏前指が冷たくなるから、
普通に考えたらどうやって
暖めようかなとなるが、
落合式の場合、
冷たくて当たり前前提。
ならばと
寒い寒い部屋の中で
凍えながら練習してたら

まさかの風邪を引く^^;

それ忘れてた。

友人からのしてきで気づくオチ。

キッチリあほな日々を送っております。

マグロ卸売りのカリスマが、
大漁で安く買い叩ける日でも
良いマグロであれば
高く買い取るようにしている
と言っていた。

漁師さんを守るために。

安く買えるならと
どんどん安く買うのが
卸業のその辺のプロが
やっていること。
カリスマはその後のことまで考えて
良いマグロがある時は
物凄い高値を付けていた。
良いものを釣れば高く買ってもらえるんだという漁師のヤル気を損なわないためでもある。
彼に買われたマグロならと
銀座日本橋老舗料亭の料理人が手ぐすねをひいて待っている。
しかしいくら大漁でも
目に叶うマグロがない日は
カリスマは仕入れない。
尋常じゃない心意気。

渋谷毅さんと
演奏させてもらっていた頃の事。

阿佐ヶ谷にチャージも安く、
雰囲気もとても良い店があるので
そこの店を紹介するために
一緒に見学に行った。
ここなら地元だし、
遠くてチャージの高い店より
お客さんも呼びやすい
と思ったのだ。

しかし渋谷さんは渋った。
普段私はチャージ2、3000円の店で
やっていますから。



だったらなんなんだ?

当時、私はその意味が全くわからなかった。
チャージ2.3000円の店でやっているからチャージ1000円ではやれねぇ?
何様?(ま、この方は本当の押しも押されもせぬ何様なのです。ちなみに。^^;)

チャージ2.3000円の店で遠くて
お客さんが一人も入らないより
地元でチャージ1000円でお客さんが
10人入ってくれた方が良いんじゃないの?

単純にその方が利益も高いわけで。

しかし渋谷さんが言っているのは
そういうことではなかった。

例えばピットイン、なってるハウス、ジロキチ、アケタの店など、
彼が常用するクオリティの高い音を提供する老舗のライブハウスを守って行くためには、
渋谷さんくらい名も有り
ブランド価値のある人間が
易々と安易に1000円でその辺で
聴ける人になってはならないのだ。

またもう一つには
不当に店の敷居をあげてしまう
事にもなる。
渋谷さんも出ている店、
というえらいレッテルが店にはついて回るようになる。
下々で
やっとチャージ1000円だからと
出る事ができていた
私らのようなキャリアの無い
ミュージシャンたちが
途端に出にくい店に
なってしまうのだ。
渋谷さんから連絡があれば
店の人は断れない、
当然控えのミュージシャンが
場所を奪われる結果になる
という事を知っているから
自分から控えているのだ。
渋谷さんなど一流プロがどんどん店に入れば我々無名石ころ芸人は心太方式で押し出されてしまう。
若いミュージシャンと店を守るために
渋ったのだと。


私は普段チャージ2.3000円の店でやっていますから。


なるほど
今ならはっきりわかる。

大間の特級マグロが屋台で百円で食べられたら、銀座日本橋老舗料亭は全ていらなくなってしまう。
そういう安けりゃなんでもいいじゃん。
みたいなやり方の商売を支える側に立つ事はできない責任を渋谷さんはやはり自覚していらしたのだと思う。

屋台が料亭に比べて悪いとかいうのではない。
屋台には屋台の楽しませ方、
料亭には料亭の楽しませ方がある
というだけだ。
屋台が大間のマグロを百円でだすのは料亭に対してアンフェアだし、
料亭が安いパックのスーパーのマグロを一万円で出すのも、まぁ、騙された方も悪いだろうが不当だ。その根性が下品なのだ。

渋谷さんは自分のポジションを明確にすることで
私達に空きスペースを提供し
若手にも演奏の機会を与えようとしてくれていただけだったのだ。
私が渋谷さんと
演奏させてもらうなら
その時ばかりは
渋谷さんの側の土俵に
立たせてもらってやるべき
だったのだ。
そのチャンスをくれていたのだ。
君もそろそろチャージ2.3000円の店でヤレるように気張ってみてはどうだい?
と優しく差し伸べられていた手を
意味もわからずに振りほどいてしまっていたんだね。


と、何年越しだかで今更
反省している。

気づかなかった愚かな自分。
気付かずに同じような過ちを
繰り返してしまっていることに。

態度がぶれない先輩芸人は
こうして何年か越しで
何かを教えてくれる。
こちらに学ぶ気さえあれば。

ずっと気になってつっかえていたことが判明して何だかホッとしている。

しかして何が判明したかといえば
あたし馬鹿ぢゃん(T ^ T)
というだけだ。

お粗末さま。







地震以来立て続けに訃報が続く。



病死もあるし、自殺もある。



「自殺も病死」

最近強く感じることです。



病気や事故に比べて

自殺は自発的と思われているけど

果たしてどうなのだろう。




自発的な行為だと本人に思い込ませる病気

それこそが自殺の実態なんじゃないかと思うようになる



その兆候としてまず鬱がある。



ここで脳が無意識領域に無意識的に爆弾を埋め込む。

それが何かのショック(今回では地震とか)

あるいは複合的な要因で

爆発すると人は自殺する。



しかし実は自殺しているのではなく

無意識の誘導で自殺させられているのだ



鬱になるということは

ある脳内物質が大量に発生してしまうこと

その物質が自殺地雷装置を

無意識領域の適当な場所に運び込む潤滑油的役割をもつ

さらに時限爆弾のスイッチを入れる

振動センサーとタイマーを併せ持った複雑な装置だ



これを死ぬまで発動させないっていうのは

大変なことなんだと思う

自殺だけに、自分でやったと思っているのに

その実は、地雷を踏んだだけ。

なんてちょっとむかつく。



無意識の意識に対する勝利宣言



それだけ普段 私たちは意識に

左右されて右往左往して生きているということであり

意識的に死を選んでいるつもりでも

単に無意識に弄ばれた操り人形に過ぎない。



人間は結局自発的には死ねない動物なんです。




自発的に死んだと思い込める動物でしかないのです。



なんかそんなの悔しくない?





世間の反応もいつも変だと思う。



「色々あって大変だたんだ」とか、

「なんで?」とか、

「残念です」とか

同情的に言うけど

それは社交辞令であり

本音ではないはず。



心の声を無視してるんじゃないかと思う。



自殺とは単に鬱の反応でしかないと思うの。



風邪をひいたら咳が出る。

鬱になったら自殺する。



風邪で咳が出ているときに「咳」の部分を取り上げて

可哀想とは言わない。

風邪全体を大変だと思うのであって

ひいては、なぜ風邪になったんだというとき

それはその人事自体に原因があることがほとんどだ。

寝冷えとか、ハードすぎるスケジュールとか。



睡眠障害とか、ハードスケジュールとか、酒の飲み過ぎとか、家庭環境とか、

そういうものが複合的に組み合わさって人は鬱になりやすい体質を作っていくんじゃないのですか。



突き詰めればそもそも大変にしているのも自分自身なんだ。

(避けられない要因も含めて)



で風邪ひいて咳が出て周りの人たちにその席のエキスをまき散らすのだ。



日本では風邪をひいているのに仕事をするのは

凄い事、エライ事、という扱いになっている。

以前ある現場でもウエイターがゲホゲホ咳をしながら

さも誇らしげに、給仕をしているのを見て

客商売を一体何だと思っているのだ

と憤りを覚えた

しかもその中で演奏するこっちの身にもなってくれ

毎日毎日、そいつの咳を浴びながら

風邪をひいてはいけないという

こっちの身も



はっきり言おう。



こういうのは迷惑なのだ。



残念とか、可哀想とか、いってるけど

本当は迷惑なのだ。

迷惑などというと

周りの友達がダッシュで

逃げていくから言わないだけで



そういうのをタブー視して

こういうときは可哀想とかご冥福を祈ってます

とかいってりゃいい人に見えるという

のがわっちは大嫌いです。



別にわざわざ声を大にして

そこら中の人を敵にしてまで

言うことでもないのかもしれないけど



自殺とは

さまざまな意識に響く要因を餌に

まるで自発的に死を選びとったと

本人に思い込ませる

甘美なナルシスト的病気なのです。



更にいざ行為に及ぶ時は無意識なのです。

ついに無意識が前面に出てきて行動をさせるのです。



それを証拠に失敗した人は

正気に返って

ホッとするのです

それで

自分にかけていた思い込みの呪文が

外れるのです



繰り返す人は

そもそも

呪文が取れないくらいの浅瀬までしか行かないのです



呪文が取れてしまったら

「本当の現実」に思い込みなしで立ち向かわなくてはならなく

甘美などはどこにもないからです



辛いし何もないのが人生で

そんなのそれこそ耐えられないのです



だから人生を全てかけていうのです。





「楽な道を選べて良かったね。」





と。





で本当に言いたいのは

こういうことを言うと、

人道から外れているとか、

ひどいとか

死者の立場に立ってないとか

もっともらしいPTA発言が

聞こえてくるけど、

そのPTA発言こそ

おかしいんじゃないのか?

ということ。


死者に対して残念と思わないわけではない。

でもそれ以外のことを言ったら村八分にしてやるっていう

空気を今の日本は全体で流し過ぎている。

その空気におびえて何も言えなくなって

お利口さん風を装っているだけの社会になっている。

それこそが本当のおかしさです。



いい機会だから考えたほうがいい。

地震のスイッチで

動物として死にやすくなっている今

本当に考えたほうがいい

決定的に手遅れになる前に。
live info
■7/29(mon)
吉祥寺mandala2
ボンバードラミ(vo gt)
西海しげる(gt)
越智泰彦(eb)
start 20:00~¥2000


都内ツアーのスケジュール詳細
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profile
ボンバードラミ

10月1日火曜日生まれ
天秤座 A型 寅年

職業:天職探し中
趣味:考えること
気質:ゾウ的
着物を着て、馬に乗って、作った音源を売り歩く。
そんな夢を実現するために格闘悶絶,抱腹絶倒,七転八倒三歩進んで五歩下がる日々を恥も外分もなく送る生き物。


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