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●ボンバードラミの馬的着付け的音人生 (^-^)/
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バブル時代に
肩パットの入ってないスーツを着て、
眉毛を薄く細めに引くのに
勇気がいったように、
今あえて一切
原発に賛成も反対も
表明しないのには勇気がいる。
必ず欲望が勝つ。
欲望が抑制されるような
システムは欲望が勝つから作れない。
音楽家がら生ぬるいのは
出してる音で人が死なないからよ。
汚染は酷いよ
特にジャズ界は。
nonukes
トレンディな言葉吐く前に
自分の音が世界を汚染してないか
考えるのが先だわ。
都会で洗練された知識人が
原発に絡む発言する度に、
逆に原発に頼って生きてきた人達。
貧乏で考える暇も
考え方も分からない人達の、
肩身が狭くなり、
立場が抹殺されて行く。
まず全ての原発を都会に集めてから
nonuke発言を盛大にやってもらいたい。
でないと弱いものいじめにしか見えない。
だから語らない。
語れない。
平和ボケ?ドッチが?
ちゃんと音楽に向き合えよ。
もう出来てるから
大丈夫と慢心してるんですか?
そういうのは原発管理者の
上層部とだいたい同じ感じ方じゃないですか?
原発が無いとおまんまが食いあげになってしまう人達を保証する覚悟があっていってるんですか?
有るならあたしは原発方面に再就職先を探したいなぁ。


欲望の構図。
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息苦しい。
魚が二匹なら
このくらいの大きさで
良いだろうと
小さな水槽を与えられると
フラストレーションがたまって
死んでしまう。
私は大きな水槽が好きだ。
大きな水槽の
一部しか使わないとしても
水槽は大きくしておいてほしいものだ。
前回2/14下北沢ビッグマウスで
タイバンのミュージシャンを
見にきてたお客さんが
今回はわざわざ
ボンバーを見るためにと
遊びにきてくれました。
何だかコレこそ
本当のお客さんだよなと、感動。
心の底から嬉しかった。
そこの貴方の事ですよ!
ヽ(;▽;)ノ
そりゃお友達がきてくれたり、
親戚や親やミュージシャン仲間、
みんな嬉しいよ。
有難いよ。
マジで。
だけど
今回みたいなちょっと言わば
やや遠い関係の方が
こうやってわざわざ来てくれる
なんて考えられる?
私そんな事した事あったかな
ないよ。
奇跡の一枚とかさっき
ふざけてましたけど、
このお客さんこそがまさに
奇跡なんですね。
結局少ししか話せなかったけど
何だか思い出しただけで
泣けてくる。
はぁ。
こういう感じを味わうと
やっぱり続いちゃうんだなぁ。

あなたのおかげで
ミュージシャン生命が
引き伸ばされました。

心の底からありがとう。












以上12枚綴りで一部900円。
事前予約制(次のライブ行くからもってこいと一声声かけ下さい。普段は重いから持ち歩いてません。 )
失血死必至。
画伯死亡確定長特価。
通販希望者一部 1000円にて。
住所送って下さい。⇒
入金先案内。入金確認⇒
品物発送。
信用商売。
安心安全。
大量注文絶賛!

歌詞カードの挿絵歌詞無し
ハガキです。
キモグロ可愛い画伯の世界の片鱗。
素の画伯はもっとグロ方面にシフトしてます。河鍋暁斎的若冲的精密グロに加え異世界トンネル時空よじれる式。
これについては是非個展で。

今回は私の注文を色々取り入れた折衷的表現で、実はこちらの方が一般受けは良いと思われる。

あたし達の永遠のテーマ。

どこまで内的宇宙に寄るのか。

器用過ぎる人、もしくはぶれまくっている人は注文通りになり過ぎてせめぎ合いがなくなってしまう。


ここに立ち現れている物は
画伯との間で
何度も重ねられた
ミーティングの成果です。
やや画伯が押している感じ。
画伯が言いくるめられていない感じ。

よろしくどうぞ!
今頃ですがσ(^_^;)

アルバム表紙三百枚分印刷のための
資金を集めたい!

たくさん買って下さい。
ヽ(;▽;)ノ
http://m.youtube.com/#/watch?desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3D0L5W5CYkbR4&v=0L5W5CYkbR4&gl=JP

子供達ありがとう。

と、同時にミュージシャンとしてはショックの数々。

だってこの映像前半はどうみたって、ある学校の全校生徒で歌ってる。
後半はその中でも多分声が綺麗で音楽が得意な子たち。

全校生徒の集まりで、これだけチャンと音楽になっちゃうんだ。^^;
という事にまずびっくり。

やはりピッチの文化ではなく、ストレスアクセントの文化なんだなぁ。
ピッチの文化ではないからピッチがズレてしまった、というような概念もない。
言葉の持つ強弱や抑揚に対して自然とついた音符。
子供達が意識しているのは言葉を伝える事だけ。
それだけで自然にメロディは流れる。
ずれたとしても気にしてない。
だからこっちも気にならない。

指揮する音楽の先生とおぼしき方は
ブルーノートレベル^^;

必要なことだけしか教えてないんだろうなぁ。

みんなで祈りを日本に届けましょう。

以上。


強力なグルーブはこんな頃からすでになんだ。

先生の手拍子の打ち方、感じ方。

子供たちだけですでに日本のプロミュージシャンにも遥かなわない一体感。

誰にもリズムから外れたかも
みたいな迷いがない。

ピッチがずれたかも
もない。

そういう概念がある事すら知らない。
知らなくたっていいんだもん。
知る必要がないんだもん。


ただ日本で起きた事をまるで
自分のお母さんがさっき死んだ
くらいのテンションで受け止める
感受性と
祈りを捧げようとする敬虔な心のチカラだけ。

音楽をするって
ホントはそういう事なんだよ



子供達に教えらちゃうの

そんな事さえわかっていない
情けなさで泣けてきちゃうのね。


どこか聞いた事もない外国で
震災で沢山の人が亡くなったから
日本の全校生徒を集めて
歌わせても
こうはならないよなぁ
うまい子を集めたら合唱コンクールみたいになっちゃうんだろうし。

日本では
上手くやらなきゃいけない
外れちゃいけない
ちゃんと合わせなきゃいけない

しなければいけない事が
多すぎて

肝心の誰に何をが
すっ飛んでしまうんだ

体裁を整えるだけで中身がない。

まるで政治家のことみたい。

日本の政治家は子供時代の教育で作られてるんだよちゃんと。

それを選ぶ私たちのメンタリティも。


そういう一切合切が
一時に流れ込んできて

ありがとう、なさけない、ありがとう、なさけない、リフレイン。
=涙が止まらない。

という状況に陥ります。

練習は自分のため。
演奏は(自分以外)奉仕するものと思っている。
相手がいてなんぼだし。

有意義な練習方法について考えることは多くあり
それをいちいち試しては修正している。
これのために人生が存在してるといってもいい。

しかし演奏はまた別モノだ。
昨今お客さんがいない=モチベーションゼロ。
になりかけていた。
練習さえしてれば何の問題もなく。
半強制的引退隠遁生活・・・?
それもまたよしかと諦観状態だった。

しかしこの度のようなことが起きると
それだけではやはりならぬという思いがむくむくわき上がる。

アルバムは作るまではモチベーションが維持される。
売る段になると、テンションガタ落ちに。
う○こを流した後のことがどうでもいいように。
こっちは次のう○この製造に入ってるんだからさぁ。
なんと暴言を吐きつつ
やや投げやり的に、誰か売っておいてょ。
(売ってくれる人はいないから売れない。あたりまえだけど)
と思いがちだったのだが
これが売れれば奉仕できると思えればやる気が全然変わる。

そんな単純な自分にびっくりです。
ええ(^^;)

実はその思いは作ってる段階かあったのです。
奉仕したいからというよりは、
そうでもしないと売る気が起きないから
というほうが大きかったけれど。

世界には助けを必要としている人が五万といる。
水のボルビックのように1リトルで10リットルが援助される
そんなシステムがニレの木でもできたらいいなと思っていた。
しかし対象はあまりにも広く、多く、そうなると何を選んでいいものか
踏み出すための決定打が無かったのだ。
ニレの木に絡めて森林保護系?
ニレに関係なく地域に還元されるようにすべきか?
日本の虐待児童へ?老人ホームに?シングルマザーに?生活保護者に?

それにこいうことは日本では偽善と
とらえられがちな傾向もあるからなかなか
取り入れ辛い部分もある。
以前英会話に通っていたころ
(なんで英会話?と思うだろうが、それは私も思う^^;)
先生が「なぜ日本ではボランティアが盛んじゃないの?」
と聞いてきたことに対する回答で
「fear of being recognized as a hipocrit」
と言ってみたところ
ほかの日本人の生徒は
「おーっ。」超納得。
先生は「??????」
心の底からわからないという驚愕の体で首を振っていた。
例えば倒れた自転車を直さないで素通りするのは
無神経無関心だからということではなく、
それを直している自分を見られたときに
「いい人ぶっている」(すごい言葉だ)
と思われるのが怖いから
という気持ちが働く。
電車で席を譲ったり、
信号でばあさんの荷物を持ってあげたり、
階段で乳母車をもってあげたり、
そういうのが日本では、
親切とおせっかいの表裏一体構造の中にあり、
よほどの勇気を絞り出さないとできない行為ということになっている。
で、せっかく勇気を振り絞って席を立ったのに、
「次の駅で降りるから良いですよ」なんつってばあさんに断られたりすると
顔から火が出るほど恥ずかしくなり
走って隣の車両に逃げていくはめになるのだ。
それに誰かにそのように金を振り撒いたりする行為は
そんなに偉いんか、何様じゃあるまいし、
上から施してやってんのか、
と思われることへの恐怖を呼び起こす。
人のためとか言って
結局は自分がいい人だって思われたいからやってるだけなんだろ。
どんだけネガティブ(^^;)
とにかく色々あってなかなかやりにくいものなのだ。

けど今回は別だ。
どう思われようとまったく結構。

バンっ 
ちゃぶ台をたたく音。)


というわけで今後は
残りのアルバムを全て今まで通り\2000で売ることにします。
で、すぐ割引とかしていたけれど(チャージのある店とか)
そういうのはやめて
がっちり\2000いただくことにします。
で半分を(計算するまでもないですが\1000ですね一応)
東北方面に奉仕させてもらうことにしようと思います。
(検討中:何もなければ日本赤十字を通じてということになる。他にベターなプランがあるという方はご一報ください。)
それに際してミュージシャンへのギャラ部分はカットしない。
そう。製作費に関して身銭切っていこうと思います。

自分のギャラも半分は東北に。
というわけで今後まずは一年ベースでどのように
奉仕額が増えていくかを逐一ご報告します。

次回の販売日は4月9日(土曜日)@祖師谷大蔵CafeMURIWUI

悲しみと当惑のお知らせです。

メールがとうとうつながらなくなりました。
blogのメールはyahooのものに変更しました。
御用の方は
bombar_d@yahoo.co.jp
にご一報ください。

新しいアドレスをtoppaというところから得ようとしておりますが、うまくいかないみたいで、試験的なメールを送っても届かないし、送れないみたいです。(TT)
先日久々に二日も連続で演奏がありました。
久々…(^^;)とほほ
声が思ったよりもマイクによく乗っているようでそれはそれは驚いた。
やはり一人でやると緊張感が自分に向くせいか落ち着くのが早いのかもしれない。
と、同時に中から何かを引っ張り出してこなくてはいけないフリーの場合、少しでも余計な緊張があるともう体が塞がってしまう。オリジナルをヤル時はただでさえ塞がりやすい。共演者への無駄な配慮。(^^;)無駄なのに配慮してしまう。
二人の歩調・・・音の鳴り方飛ばし方、歌い方、抑揚。そいうのは家でやっておいて。と言われそうなことが全て異常に気になりだすと、もうジエンドだ。
ところがこの度、そういうのから脱したくて、ついについに
一人でピアノを(正確に言うと慣れない他人のキーボード)使ってソロオリジナルに挑戦した。
状況は過酷であった。
しかしなぜか声がよく出た。
背中の重いものがふっとどこかへ抜けた。
一人でやるとこんなに楽なのか・・・。
こんなに楽でいいのか・・・。
ボンバーのこれでいいのだ?

やはりこの楽な部分を保持しつつ、他人とも共存するための精神的スペースの確保が必要なのだ。
今度はすべていい意味で無視してやれたらいいなと心から思った。
音は無視せず対象を無視!
何が何でも無視!
さいなら!

よしっ!
たぶんこれで行けるはず・・・。。;)

ん~っ

どうだろう。
悲しさはふとした時に来るものです。
ということに今更気付きます。

それは暗い廊下で猫さんの糞を踏まないようにソロソロ歩いているとき。
あぁ。もうソロソロ歩かなくていんだ。

それは台所で作業中、振り返る時足元を気にして歩くとき。
足元の猫を踏みつけてしまう心配はもうないんだなぁ。

未だに無意識にしてしまう猫さんへの気遣いに、
その気遣いはもういらないんだと気付くときに
ものすごい淋しさがやってきます。

いつも寝ていた定位置にその姿が見えないとき。
伸びてしまった爪が床板を歩くたびにコツコツ鳴る音。
外に出たいと、窓の下で鳴く姿。
餌がほしいとお皿の横で鳴く姿。
さびしいからと、上で寝ている住民を下からものすごい声で呼び付ける雄たけび。

うちでは猫さんの抜けた穴が
ふとした瞬間
住民全員の悲しみの心を刺激しています。

友人のギタリストに手伝ってもらい、ハードディスクレコーダーをいじくる一日。

まずはとるものもとりあえず、公園に桜見物に。
その後また性懲りもなく新座乗馬クラブへ見学に。

そのあと自宅でいじり始めるも、なかなか思うように進まず、もの凄い時間をかけてわかったことといえば、一部壊れているという事だった(^^;)

友人の立場(^^;;;)
猛烈に申し訳ないものの、一体全体どうしようと一瞬途方に暮れる。
録音作業は一時ストップか!
ぬぅ。

何とか応急処置的方法を考え付こうとしています。
meanwhile、my space では結構昔の音源を配信してます。

妹尾拓生(gt、EFFECT)、ヒノキヲ画伯と作った前回の『けもの道』一部お聞きいただけます。

 


今回は「サムライの逆襲」と、雄々しく題して
この花活けコラボを執り行いたいと思います。

■10月25日@川崎ファクトリー
http://www.owat.net/owat/index.htm
mapを参照ください。分かりやすいです。

越智泰彦:ボンバードラミ:川合リー
♪18:00~ 投げ銭
うちの猫さんは何とか持ちなおしています。

発作は計5回くらいはあったのですが、テルミーという民間療法の煙を毎日のようにかけてやると次第におさまり、食欲も出て、なんと体重が増えました。

知人で犬が同じことになったという人に聞いたら、最初の発作から5年は生きたと言っていました。
さすがにそれは無理だと思うけど、もうそろそろなんだなと気持ちの準備をさせてくれているみたいでひたすらありがてえことであります。

暑い日や寒い日が交互にきてオカシイねと思ったら今度は地震まで来た。地域の皆様は不安な夜をお過ごしであろう。なんかねぎらいの歌をみんなで手をつないで歌いたい気分です。
歌ってそういう時のためにあるんでないでしたっけね?眠れぬ夜にみんなで手に手を取って。
ライブハウスや店にこもって限定的な人の前でやることにものすごい違和感を覚える最近であります。前から違和感はずっとあるけどこのところ特に世界では天変地異が頻発し、特に、それどころではないという雰囲気が漂い始めています。
今こそまさに歌の力が発揮されるときという時になぜ・・・。

この間の住民運動で歌わせてもらった時もそうだけど、とにかくこちとら、何かの役に立って歌ってないとやっぱり気持ちが悪い。役に立つかどうかもわからないのだけれど、先方に要求があってそれに答える、あるいは、答えようとするために演奏する。こうでないとおさまりが悪い。決まりが悪い。気持ちが悪い。
それがジャズ喫茶だろうがチャリティーコンサートだろうが慰問だろうが。
だから好きなことをやって良し、という箱貸しのお店に、自ら志願して出向いて出演する時は自己矛盾の限界点臨界点超えであります。
お店の方針がたまたま「好きなことやって良し」でお店が呼んでくれているならそれは胸をなでおろす状況なのですけど。

演奏者がカラオケに行かないのと同じ原理じゃないかと思う。
乗馬センターの指導員がわざわざ休日に金払って馬に乗りにいかないのとおなじだと思います。
けれど指導員でも金を払って乗りに行きたいときが全くないわけではない。それは指導者が生徒になれるくらいレベルの高い講義が行われている所に行く時だろう。

それはわっちの場合オリジナルをやるときとジャズを学ぶときです。
オリジナルが稚拙なのは間違いないんだけど、2、3年これに取り組むうちに、初めてどうやりたいかとか色々見えて来たのです。それをジャズにフィードバックさせるとまた違う側面がジャズから還ってきてオリジナルを刺激してくれる。
先生級の演奏家が、しかもわっちの知らないうちにひょいひょいとどうやら舵取りを裏の裏の裏あたりでしてくれているみたいなんです。
それがどれだけ大変な事か。
他人の演奏で気に入らないところなんて、あっという間に見つかるし、一端見つかったら気になってしょうがなく、故にもう一緒に演奏できないなんてことにすぐなる。
その原理で行くと、先生級の人は誰とも演奏できない。
ところが先生級の人は違う。
対象が気付けるくらいの疑問を、それに向かって葛藤できるくらいの小石をポンと投げいれてくる。
で、知らず知らずのうちにこっちはその小石と格闘して、ふと気付くと様々な問題が変質していることに気付く。
問題はクリアーされるのではなく変質するのだと最近つくづく思います。
point of view(視点)が変わることなんです。
別の角度から見ると同じ問題は全く違う様相を呈している物であり、
さらにその日の天候(空間)や、自分の年齢や(時間)、気分(感覚)などによっても視点が勝手に変わっていく。
このあたりは着付けも乗馬も全部一緒で奥が深くて面白いのです。
で先生はそれを見てまた勝手に面白がる。


けど今のわっちの演奏生活の状況は

そう

たとえて言うなら

超高性能のシャベルをつくる奥深さが面白いからと、シャベルづくりにのめりこむ反面、掘るべき土がないやるせなさを同時に噛みしめる感じに近い。
着付けや乗馬はシャベルを磨いてりゃよい。
奥深い。
楽しい。
面白い。
以上。
しかし演奏は掘るべき土があって初めて成立する。
完璧に磨きあがったどんな硬い土をもものともしないシャベルも、家に飾られているだけでは宝の完全持ち腐れ状態である。
だからといって、性能を試すために庭の土を掘って、確かに素晴らし性能を確認できたからと言って何の意味があろうか?
このシャベルを必要としてくれる所へ行って、あるいはここは掘り返すべきだと思えるところへ自ら足を向けてがっつり掘ってこそ、初めてそのシャベルの効力というものが発揮されたと言えるのではないか?

そもそもこのシャベルはまだ土を掘れる段階に無いだろうなんてついマイナス思考になってしまう。

スポンサーもいないからシャベルの宣伝が全くされてない。

問題は山積中。

しかして、もう一方では

ごちゃごちゃ言ってんじゃねー!!!

掘れなきゃ、んなシャベルはとっとと捨てて素手で掘りやがれ!

という声が聞こえてくる。
猫さんや地震や様々な天変地異が最近そう訴えかけてくる。
もう時間はあまり残されていないのかもしれない。
地球規模的な意味合いで。

もし新たな生物が天から降ってきたとしても、もうあんまり驚かない気がする。そのくらい世界は悲痛な雪崩を起こし始めている気がする。
ドミノに触れちゃった感じか。

ざわつくものがある。
ひりひりするものがる。

気持ちわりーです。

 長年(22年)連れ添った猫さんが、人生最後の戦いに挑み中。
痙攣発作を毎日繰り返しています。(T_T)
手足をばたつかせそこら中に放尿。バスタオルで包んでもなかなか力を押さえ込めない。
人生のほとんどを共に過ごした相棒だから最期だけは、何とか看取りたいな。
煙り民間療法が何とか今の所調子よく効いています。
猫さんとの奮闘が、あと何日続くのか、何年続くのかわからないけどわっちも粘るのだ。
o(><)o

人が何かを共有する空間に集まると大なり小なり摩擦が生じるものです。
人は、自分と対立するあるいは、違う意見を持った他人を排除しようとする本能を持っているとしか思えない。

「仲間を守るために敵を殺す。」

こういう基本原則に基づいて無意識、意識的に行動している。
おばさん同士のヒソヒソ話と戦争はかくして全く同じ原理から発生している。

何が違うかといえば、規模と金儲けcurrency。
オバハンのヒソヒソは金を生み出さない。
しかし、戦争は仕掛ける方にも仕掛けられた方にもうま味のある商売だ。
人間の本能を利用して金儲け。資本主義の考えた最高に過酷な現実ではないか?

解放された先に待ち受ける過酷な現実をチベットの人達は知っているのか?

この運動は火中の栗を拾う的な矛盾をはらんではいないか?

つまり、今回のようなイベントを使ってこの問題にスポットを当てようとしているのはむしろチベットのほうであり、このようなイベントがなかったらそもそもこの運動はここまで大きくもならなかっただろうし、認知もされなかった。
敵を使って宣伝?
そりゃ敵も黙ってないだろう。

戦争やいさかいを止めるには、意見の違う他人を容認し認め合わなくてはいけない。こちらから見れば、卑劣で愚鈍で愚かで暴力的で信じられないような敵を受け入れなければいけない。
味方のために敵を排除するという本能からの脱却だ。

しかして、今まで脈々と培ってきた生存本能を今更変更することができるのだろうか?

今日から食欲のない人になります。

とか?

今日から性欲を封印します。

とか?

できるでしょうか?

無理無理。

でも

実はやってのけた人たちがいるんじゃないか?と思うのです。

「味方のために敵を受け入れる。」
それが大昔のチベットの人たちがした最も尊い行為のような気がする。(もし歴史認識に誤りがなければ。^^;)

対立をあおっては敵と同じ土俵です。
敵のほうが数も多いし卑劣具合も勝っているのだから勝ち目はないです。

世界が次代のダライラマを知る必要はないのです。
中国が勝手に立てたダライラマを世界の人たちはダライラマだと思い込んでいればよいのです。チベットの人たちの中ではひそかに「実はこっちが本物なんだけどね。」と、思っていればよいのです。信仰に必要なのは世界の人々の正確な認知ではないからです。
承認がないと決まらないというのはどう考えても後付けです。
信仰の本質はそんなところにはないはずです。
土地を奪われようと、様々な権利をはく奪されようと、どんなに卑劣に貶められようと、彼らの中にある信仰心を消し去ることはできないはずなのです。

ブルースシンガーの名言でこんなのあります。「they can take away our country,they can take away our house,they can take away our money,but they can't take away our music」

それが

「mind your own business」
ひいては
「mind our own business」
ということではないでしょうか? 

世間の目からの解放



自分の仕事への専心

チベットの人たちは自分たちの信仰と信仰心と向き合うべきです。
その答えを他人に求めるべきではありません。
わっちらが自分の音楽に向き合わなければいけないように。
それがどんなに難しいかということは肌身で分かってます。
出来ないことを責めることは一ミリもできません(^^;)その刃はすべて自分に向けられることになるからです。 
敵やマスコミを使って問題を表面化すればいいというのは本論から逸れています。
他人は助けてくれないのです。
辛くてきついけど信仰心を深めるきっかけは自分の中にしかないのです。
そうするしかないのです。

たぶんね。

わっちはそう思う。

難しいし、つらいし、苦しいし、逃げ道はたくさんあるし、楽な方法はいくらでもある。
けれどそうやって自分を騙してあとで一番つらいのはやっぱり自分。
あぅぅぅっっっ。

わかっちゃいるけどやめられない~っ

って名言だったんだなぁ。
あけましておめでとうさん!
今年は年始そうそう引越が入りました。
荷物を整理したり実家の部屋を片付けたり、整理していたら分かりやすく腰痛が発祥。
あえなくダウン。(^^;)年始早々間抜け過ぎます。
【気合がカラ回りするタイプ。】相変わらず見惨。とほほでやんす。

住み慣れた荻窪を離れ、何かと煩わしい実家に帰るというのは億劫な反面、馬への金銭出費を押さえるためにはどうしても必要なステップでした。
ここから始まるのだっ!と気合を入れるものの早々に腰痛。まだ初乗り、初着付けさえ、叶わぬ情況にあります。
さらに、過酷なボイトレを思いつき、全身ボロボロになりつつあります。何で思いついちゃったんだろう。(TT)でも結構効きそうだから、楽しみな近未来。
同胞の越智さんはどんどん柔らか星人へと変貌しているというのに、自分はこんなゴチンゴチンでよいのだろか・・・。(^^;)今度の新しいバージョンの越智さんは凄いですよ。聴いた瞬間に違いが分かると思います。前だってあれだけ凄かったのにねぇ。まだ先がどんどんあるよ。って身を持って教えてくれている感じです。
恐いo(><)o
本当にどうなってゆくのだ。馬に乗りつつ、着物を着つつ、アルバムを売り歩く作戦はまだまだ遠いようであります。

ともあれ引越再スタートに向けノートパソコンを買いました。東芝ダイナブックさ。(喜)
しかしながら、荻窪で使っているPCのデーターを保存しつつ、実家に新しいPCで移動するという、私にしてみるとハイパー超絶ギガギガ難解な命題を抱え、ただ今茫然自失中。新年早々思い課題を抱えてしまった。
それとお世話になっている川崎ファクトリーのみんなの活動であるところの“南ちゃんを救え大作戦”のための応援歌も製作中。ところが、引越など色々バタバタで、なかなか手につかず。
まぁ。それはいいわけだけどさ。
最後の詰めは物凄く集中しないと駄目なんだ。というわけで音楽的拠点を全て実家に移すため、キーボードを実家に運びます。
明日から一路製作へ。明後日は初乗馬。明々後日は初着付け。大忙しの一年の始まりです。
これからも一つよろしくお願いします。
緩やかに見守っておくんなせい。
m(__)m
live info
■7/29(mon)
吉祥寺mandala2
ボンバードラミ(vo gt)
西海しげる(gt)
越智泰彦(eb)
start 20:00~¥2000


都内ツアーのスケジュール詳細
my space音楽配信
youtube風に還る日
youtubeニレの木祭り
youtubeニレの木祭り2
profile
ボンバードラミ

10月1日火曜日生まれ
天秤座 A型 寅年

職業:天職探し中
趣味:考えること
気質:ゾウ的
着物を着て、馬に乗って、作った音源を売り歩く。
そんな夢を実現するために格闘悶絶,抱腹絶倒,七転八倒三歩進んで五歩下がる日々を恥も外分もなく送る生き物。


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