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●ボンバードラミの馬的着付け的音人生 (^-^)/
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今まで数多くのメンバーが出入りしてきた。
続いたのもあれば続かないのもある。
十中八九は自分の力量不足
というより説明不足だったと思う。
そうして様々な出入りを経て
特殊な音楽環境を築いてきた。

ボンバーの音楽の手法は
共演相手には自分の台詞を自分で考えてもらう
というものだ。
テンプレート(曲の設定)を作っておくから
自分の部分は自分で埋めてね。
というやり方だ。
プレーヤーでしかない私には音楽人としての有り様はいくつかしかない。
1)役者的側面。
1プレーヤーとしての技術を高めて演出され易いボディーになる。
これはどのバンドに呼ばれてもある程度の仕事を出来るようになるためのボディー作り。
2)演出家的側面。
雛型を提示して中身は相手に埋めてもらうというもの。
これが自分のバンドの手法だ。
お笑いの人たちも一人で全部考えるタイプのコンビと
二人で台詞を出し合うブラマヨ式があろうが
私はこのやり方を支持する。
小杉が考える以上に
小杉の言うことが
小杉らしくなることはない
だから吉田は委ねる

雛型(やり方、お笑いで言うところの設定)は
色んなバイアスが当然かかってくる。
ジャンル的なバイアス、
過去の影響を受けた様々な経験のバイアス。
ようは好き嫌いと、
それをどれだけ付き詰めたのかが
出てくるということ。
さらに相手の台詞にもそうしたバイアスがかかる。
それは仕方がないことだし
当然のことだ。
どの場合にも対応しうるシンプルな雛型はあるのだろうか
とかそういうことを日々考える。
それと自分のバンドのときは自分の台詞はあらかじめ
自分で考えておくということだけは決まっている。
それがないと、もはや自分のバンドと
銘打つことさえ出来なくなってしまうから。
自分の台詞についてはこれまた
ものすごく簡単な台詞で
相手によってはどうにでも展開していけるように
抽象的などうとでもとれるような
簡単なパターンを選ぶ。

劇的台詞で言うと
「ん。」
とか
「あっ。」
とか
そういう感嘆詞とか
ため息とかそういうのに近いものだ。
次ぎにくる台詞がほぼなんでもいけるように。
そうした応酬の果てに、より良い台詞が導きだされてゆく
という意味で今のバンドは面白い。
ベーシスト越智泰彦氏は
私の台詞に対してまず7、8通りは返しを思いついて
こうは?これは?こっちは?
と聞いてくる。
そうなってくるとこれを選ぶなら
次の自分の台詞を若干変えないとな
とかなってくる。
若干変えるなら、こうとかこうもあるけど?
とまた選択肢を与えられる。
つまり下手な台本のプロットを私が書いて
ほぼ音楽的演出は越智さんに任せちゃってる
という状態なのかもしれない。
それでもその人の中からでてくるものでやる
というときに一番出てくるものが少ない(音楽経験知識の少ないところから)
私から出るものが基準となる。
越智さんを基準にしちゃったら私が何も返せなくなって終わるから。
私は簡単なものしか出せないけど
だったらどういう簡単なものを出してやろうかと
簡単のセンスを磨こうとする。
普通難しいものを出せるようにしようとか思うんだろうけど
そこはコペルニクス的展開ですね。
ギターにしても
ギターに自分を合わせるのではなく
私にギターを合わせるという
展開。
意外とやっている人は少ない。
謙虚すぎるんだね。
みんなすぐ楽器をうまく弾けるように
とか思っちゃうんだよね。
そんなこと考えてたら間に合わないんだから。
考え方を展開するしかない。

こんなんだから
ボンバーのバンドには譜面がない。
譜面が必要な人は各自自分用の譜面を書くことになっている。
越智さんの譜面をみても私にはよくわからない。
そこには謎のコードと
謎の展開といくつかのキックやフレーズが記されている。
私には読めない。
私の譜面は歌詞だけだ。
特にギターになってからはコードも捨ててしまったので
何のコードを弾いているのかさえわからない。
一応楽典は勉強したけど
そういうことはこのバンドでは
邪魔になることの方が多い。
(楽典に基づいているけど
例外ばっかり使うから。)
やり方を変えるのは面白いことだ
その中でしか通じないゲームのルールを決めるようなことだから。
一つ一つの小さな決めごと
新しいルール、変則的なルールで
何を表そうとしているのか。
音楽ってこういう場合もあるよね?
こういうことも出来るよね?
そんでそんで
人間って面白いよね?
世界って計り知れないよね?
計り知れないけどこういう側面はあるよね?
ということの小さな発見の一つ一つを
あらわにしていくのだ。

映画がテレビで放映されるのと劇場で上映される決定的な違い
は今を映しているかどうかだと思う。

音楽も今やらなければいけないことを今やっているものを
ライブ、ギグと呼び
それ以外の過去の成果のやり直しは発表会と呼ぶ。
ライブの数は実は非常に少ない。
ほとんどが発表会なのだ。
発表会で評価されるのはやり手の巧さや技術や雰囲気だ。
ライブで評価されるのは聴き手だ。
聴き手が考え、
この演奏は今までの演奏を一歩逸脱して
その先に行こうとしているのかどうかを
判断しなくてはいけないのだ。
私はいつも1演者としてライブをやりたい
と思っている。
しかし相手もあってのことだから
ライブはいつでもどこでも出来るというものでもない
発表会から半発表会、半ライブ、ライブと
様々な場所に出没している
いちいちこれはどれですよということは言わない。
経験的に言うと半発表会が一番評価される。
日本でプロの演奏というと大概がこれだ。
とっても巧いマイルス的なものやコルトレーン的なものの提示。
とってもかっこいいhiphop的なものの提示。
そうでないものは理解者を得難く、ライブ会場も閑散としている。
そりゃそうだ。
聴いたって意味が分からないものに金を払うなんて
資本主義的じゃないもの。
そういう謎の活動を支える文化的地盤が日本には大変少ないように思う。
システムにフローがあるんだ。
システムとは箱のようなもので扉の位置を変えたりするだけで
流れははっとするほど変わるものだ。
そういう全体を考えて動いて変えていこうとしている人たちを私は尊敬する
何をすればそれに貢献できるのか
そういうことも少しずつやっていかなくてはいけないと思う
結局知識が足りないから何も思いつかないんだと思えてきている
そういったカオス的なすべてを
合うたびに共演者たちにぶつけていくから
私のバンドは大変なのだ。
受け止められる人も限られているし
受け止めようという気になる人も限られている
十中八九呆れられて終わるという現状。
ま。
それも仕方がないでしょう。
よく考えて力をつけていくしかないでしょう。


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ボンバードラミ

10月1日火曜日生まれ
天秤座 A型 寅年

職業:天職探し中
趣味:考えること
気質:ゾウ的
着物を着て、馬に乗って、作った音源を売り歩く。
そんな夢を実現するために格闘悶絶,抱腹絶倒,七転八倒三歩進んで五歩下がる日々を恥も外分もなく送る生き物。


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